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む22棟の竪穴建物跡群からなる居住域、敷石・立石列や水場・水路を持つ共同作業場、110基近い配石墓群が集まる墓域、直径50センチメートル前後の巨木を半切して並べた巨木柱列(関東地方では初の出土例)とその内側に3つの立石からなる石組の祭壇をしつらえた祭祀場が近接して発見された。建物・作業場・墓地・祭祀
ル、東西の長さは約3キロに及ぶ。遺跡はこの丘陵の中央部西寄りに位置する。遺跡地の最高所は標高249メートルの尾根で、遺構はこの尾根から北へ向けて下る緩斜面と、その北方の平坦部にかけて分布する。弥生時代後期の建物跡は、この平坦部に集中する。平坦部の標高は225メートルほどで、北側は段丘崖、東と西は谷に
「いせき(遺跡)」に同じ。
(1)過去の人間の営為の跡が残されている場所。 遺構・遺物のある場所。 考古学では住居址・墳墓・貝塚・城郭など, 土地に固定して動かすことができないものをさす。
6メートルの周濠が掘られ、この濠に囲まれた内部に集落が営まれている。大溝は集落を防御するための施設とみられ、大溝内から木製の鋤先・砧・突き棒、竹製の笊・籠などが出土している。 〒987-0005 宮城県遠田郡美里町北浦字山前 東日本旅客鉄道小牛田駅から、車で9分 [脚注の使い方] ^ 山前遺跡 -
土製耳飾20、土製円盤3、土製三角壔(さんかくとう)3。 石器 777点 - 石斧409、石鏃28、石槍13、石錐4、石匙2、磨石・敲石・凹石(すりいし、たたきいし、くぼみいし)268、石皿27、砥石6、石錘1、三脚石器6、板状石器3、剥片石器10。 石製品 14点 - 石製垂飾3、石棒7、軽石製浮子1、石製三角壔1、穿孔石製品2。
山元遺跡から出土した土器は、東北系のものが主体である。弥生中期後葉の土器は、東北日本海側の山草荷(やまそうか)式を主として北陸系の小松式をまじえる。後期になると土器の8割から9割が東北系で占められるが、一部に北陸系や、北海道から東北北部に分布する続縄文土器もみられる。石器は共伴土器との関連で弥生後期とみら
5メートルの溝をめぐらした遺構の存在は注目される。この方形台状の上縁および斜面と溝底に、小さなピットが設けられており、杭列様の施設があったのかもしれない。この周溝の西南隅には、古式土師器(布留式)の高坏、小形丸底土器が集中して出土しており、葬送儀礼など特殊な用途