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トラック着。 2月18日 - トラック出航。マーシャル諸島方面で活動。 2月23日 - ポナペ着。 2月24日 - ポナペ出航。横舵が故障し、ビキニへ航行。 3月1日 - ビキニ出航。再び横舵が故障。 4月3日 - 舞鶴着。 6月5日 - 舞鶴出航。サイパン、トラック方面で活動。 7月4日 - 横須賀着。 7月14日
呂号第六十潜水艦(ろごうだいろくじゅうせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。呂六十型潜水艦(L4型)の1番艦。竣工時の艦名は第五十九潜水艦。 1921年(大正10年)12月5日 - 三菱神戸造船所で起工。 1922年(大正11年)12月20日 - 進水 1923年(大正12年)9月17日 - 竣工。第五十九潜水艦と命名。
呂号第十六潜水艦(ろごうだいじゅうろくせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。呂十六型潜水艦(海中3型)の1番艦。竣工時の艦名は第三十七潜水艦。 1920年(大正9年)11月18日、呉海軍工廠で起工。1921年(大正10年)4月21日進水。1922年(大正11年)4月29日竣工。竣工時の艦名は第三十七潜
1928年12月10日 奥島章三郎 少佐:1928年12月10日 - 1930年4月22日 久米幾次 大尉:1930年4月22日 - 1931年4月1日 (兼)堤道三 大尉:1931年4月1日 - 1931年5月1日 鳥居威美 大尉:1931年5月1日 - 1931年11月2日 溝畠定一 少佐:1931年11月2日
呂号第十三潜水艦(ろごうだいじゅうさんせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。呂十三型潜水艦(海中2型)の1番艦。竣工時の艦名は第二十三潜水艦。 1918年(大正7年)9月14日、呉海軍工廠で起工。1919年(大正8年)8月26日進水。1920年(大正9年)9月30日竣工。竣工時の艦名は第二十三
第三十潜水艦に改称。1938年(昭和13年)6月1日、艦型名を呂三十型に改正。1942年(昭和17年)4月1日に除籍。戦後に解体された。 速力が13ノットに留まり、鎮守府の警備艦に配属された。 ※艦長等は『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。
呂号第三十三潜水艦(ろごうだいさんじゅうさんせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。呂三十三型潜水艦(海中6型)の1番艦。 1933年(昭和8年)8月8日 - 呉海軍工廠で起工。 1934年(昭和9年)10月10日 - 進水 1935年(昭和10年)10月7日 - 竣工。舞鶴鎮守府籍に編入。 1937年(昭和12年)5月31日
地潜水部隊を編成。 7月24日 - 北方に派遣となり横須賀を出港。30日、幌筵島に到着。 8月1日 - 幌筵島を出航し、5日、キスカ島に到着。以後、同方面で活動。 8月28日、偵察機がアトカ島東部のナザン湾に敵軽巡洋艦1隻、駆逐艦1隻を発見したと報じられた。これを受けて基地潜