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大宰帥(だざいのそち/だざいのそつ)は、大宰府(九州筑紫)の長官。唐名は都督、和名は「おほみこともちのかみ」。 律令制において西海道の9国2島を管轄し、九州における外交・防衛の責任者となった。9世紀以降は親王の任官で、大宰府に赴任しないことが慣例となり、実権は次官の大宰権帥(だざいのごんのそち)及び大宰大弐(だざいのだいに)に移った。
(陸軍:参謀総長。海軍:軍令部総長)が補翼することとなっていった。 この軍令と国務大臣が輔弼するところの軍政の範囲についての争いが原因でのちに統帥権干犯問題が発生した。 統帥権独立の考えが生まれた源流としては、当時の指導者(元勲・藩閥)が、政治家が統帥権をも握ることにより幕府政治が再興される可能性や
〔「ださい」とも〕
〔「みこともち」は勅命によって任地に赴き政治をとる官の意〕
〔「帥」の字は読まないのが通例〕
全軍を統率する大将。 総大将。 日本では, 旧陸海軍を統帥した天皇の称。
「だざいふ(大宰府)」に同じ。
〔通例, 官庁は「大宰府」, 地名は「太宰府」と書く〕