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360mm、内径は1,700mmである。荷役方式は、積込はマンホールから行う上入れ式、荷卸しは吐出管による下出し式であるが、粘性のある積荷であるため荷卸しには空気圧を併用する。塗色は、黒。 全長は8,000mm、全幅は2,450mm、全高は3,476mm、軸距は4,200mm、自重は10
タンク体材質はステンレス鋼製でありこの点がタキ8300形と大きく異なる。ステンレス鋼は普通鋼に比べて強度が高い為各部材の厚さを薄くすることができ、その結果自重が1割程度軽減された。厚さ100mmのグラスウール断熱材を巻き鋼板製又はステンレス鋼製の外板(キセ)を装備している。
れ、自重落下底開き式の下出し方式である。台車はベッテンドルフ式のTR41Cであり、車輪が巻き上げた泥が取出口に付着するのを防ぐため、台車脇に大型の泥除けが設けられている。 全長は10,200 mm、全幅は2,550 mm、全高は3,430 mm、台車中心間距離は6,100 mm、実容積は22.0 m3、自重は15
無蓋ホッパ車であり、セラ1形を2両切りつないだ様な外観をしている。ホッパ下部は4分割されているため、底扉及びその開閉レバー(手動式)も4箇所あった。 荷役方式は、上入れ、底開きによる下出し式である。 全長は11,850 mm、全幅は2,724 mm、全高は2,690 mm、台車中心間距離は8
t積私有貨車である。 記号番号表記は特殊標記符号「オ」(全長が12 m をこえるホッパ車)を前置し「オホキ」と標記する。 外観は私有貨車では唯一の流し板付き側開き式(ホキ800形と同式)である。 所有者は、日鉄鉱業の1社のみであり常備駅は後藤寺線の船尾駅であった。
00形に改められた。形式名変更後も1968年(昭和43年)まで製造され合計31両(ホキ4900 - ホキ4930)が落成した。 所有者は東洋曹達工業、徳山曹達の2社であり、夫々の常備駅は山陽本線の周防富田駅(現在の新南陽駅)、大阪環状線貨物支線の大阪港駅であった。 外観は大きく2種類に大別できる。前期形(ホキ4900
ホキ8825)が東洋曹達工業に、1982年(昭和57年)5月29日に奥多摩工業所有車1両(ホキ8816)、東洋曹達工業所有車2両(ホキ8826 - ホキ8827)の合計3両が河合石灰工業にそれぞれ名義変更された。 1984年(昭和59年)12月7日から1986年(昭和61年)8月30日にかけて河合石灰工業所有車3両(ホキ8816、ホキ8826
60両 (ホキ2336 - ホキ2395) 従来は丸型の積込口が4個設けられていたが、1967年製造のホキ2396 - ホキ2465の70両は長円形の大型積込口2個に変更された。台車はころ軸受のTR211形に変更され、従来車もこの台車に改造された。積込口の大型蓋は軽量化のためFRP製とされたが、重さが丸蓋の倍となる約40